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しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


生きてると自分でも気がつかないうちに、段々、段々、好きなことを減らしたり、

やりたいこともガマンしちゃう人がいるでしょ。

好きなものとか、やりたいことは減らす必要はないよ。

逆に、段々、段々、増やしていくの。

だって、「自分の好きなこと、やっちゃいけないんだ」とか

「ガマンしなきゃ」と思っただけでもね、人って、元気なくしちゃうんだよ。

この前も、しょんぼりした感じの男の人が、オレのところへきて、

「一人さん、わたしは悪い人間です」って言うの。

理由を聞いたら、「家内の他に、つきあってる女性が一人いるんです」って。

オレ、その人に、「あと二、三人、カノジョをつくって、全員しあわせにしてあげればいいよ」っていったのね(笑)

そしたら、その男の人の顔がふぁっと、一瞬のうちに明るくなって。

軽やかな足取りで帰って行ったよ(笑)

男の人って、そんなものなんだ ―――

ってそうだよ、そんなものだよ(笑)

だけど、女の人だって、男のこと、とやかく言えないよ。

コートを一着しか持っちゃイケない、と思ってたところ、

「あともう二、三着、コート買いなよ」って言われたら、あなた、飛びあがって喜ぶでしょ。

それと同じだよ。コートがカノジョに変わっただけの話。

でも、奥さんにバレても、オレのせいにはしちゃダメだよ(笑)

ともかく、趣味でもなんでもいいから、好きなもの、どんどん増やしていくんだよ。

好きなものに囲まれて、やりたいことをやっていたら、人って、しあわせなの。

人間なんて、そんなもの。

しあわせって、その程度のことだよ。


斎藤一人 著
『人生に成功したい人が読む本』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


この世でなんとかできるのは、自分のことだけなんです。

だから、自分のことは自分でなんとかするの。

他人のことはどうにもならないんだよ。

それで、他人はどうにもならないかというと、なんとかなる。

「この人たち、放っておくと大変なことになっちゃうんじゃないか」っていうような人でも、見てるとそうならないの。

たとえば、まったく経済観念がない経営者がいて、「この人、大丈夫かな?」って思うけど、そういう人は経営者に向かないの。

だからしばらくすると、その会社はなくなって、その経営者は働きに出ることになったりしてるんだよね。

物事って、一番いいかたちに流れていくようになっているんだよ。

多くの人は「商売が続くことがいい」という固定観念があるんだけど、商売に向かない人が商売を続けていてもしようがないんだよ。

だから経営者に向かない人が商売をしていると、自然とお店がなくなって勤めにいくことになっているの。

そういう人は、経営者には向かないかもしれないけど、勤め人ならなんとかなって、お給料もらって生活できたりするんだよね。

だから、人は必ずなんとかなる。

この世の中は必ず“なんとかなる”か“どうにかなる”ということを知らないと、勝手に思い詰めて自殺しちゃう人が出ちゃうの。

でも自殺しても魂は死なないから、また学び直すために生まれ変わってくるだけなの。

だから、たとえ死んだとしてもなんとかなるんです。


“なんとかなる”ということを基準にして見てないときりがないからね。

自分の悩みを解決できたとしても、世の中には悩んでいる人は山ほどいるから。

でも、人は悩んでるんじゃなくて、学んでるの。

その人にとって必要なことを、その出来事を通じて学んでるんです。

そしてどんな問題も、その人にとって最善の方法で、自然の流れでいい方に行くの。

それを「自分が決めて始めたことなんだから、途中であきらめたらダメだ!」とかって、自分の価値観を相手に押し付ける人がいるんだよね。

スポーツで全国大会に出るような人は、出た方がいいから出られるの。

逆に、出られない人は出ない方がいいんだよ。

世の中というのは、「必ずなんとかなるんだ」という目で見てないと、苦労が絶えないからね。

自分のことは自分でなんとかするの。

そして、他人のことは「なんとかなる」と思って見てないとダメなんです。


柴村恵美子 著
『斎藤一人 天が味方する引き寄せの法則』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


しあわせって気づきなの。

自分がしあわせだということに気がつかないと、いつまでたってもしあわせになれない。

そうなると、自分の心に灯がつかないから、人の心にも灯をともしてあげられないんだよ。

満たされていることに気づかないから、イライラしたり、怒ったり、悩むの。

そういうときに人間っていうのは、毒を吐くんだよ。

商売をやっていても、夫婦仲が悪い、誰か従業員がイライラしている。そうすると、その人から毒が出る。

その毒が部屋の空気を重くするの。

そこに来た人は、その空気に触れて、「重いな、何か嫌な雰囲気だな」って感じるんだよ。

だから、要件をさっさと済ませて、慌てて帰っちゃう。

そういうのをアワビとり現象っていうの。

海女さんが海に潜ってアワビをとったら慌てて海面に出て行くあれなんだよ。

で、そう思ったら、そこへ行かなくなるんだよ。

だけど、生まれてきてよかったと思い、今ここが最高だ、って思っていると、心に灯がともる。

その灯で、人の心に灯をともす。

みんな、ここは闇夜だと思っているから、明かりがあるとうれしいの。

自分の心に灯をともしてくれたら、この人にまた会いたいと思うの。

観光旅行って何ですか、っていうと、昔は浅草の観音さまに行くとか、心の暗がりを晴らしてくれるのが観光だったの。

みんなが誰かの心の暗がりを晴らしたら、みんながその誰かにとっての観光になるんだよ。

だから、毒を出しているか、明かりをともしているかで、人間の吸引力っていうのは全然違うの。

人はね、明かりがあるところに長くいたいの。

何日でもいたいと思うんだよ。

誰かから、そう思われるのってハッピーだよね。

商売抜きにしてハッピーだよね。

俺はそれをいってるの。

だから、自分の心に灯をともそうよ、人の心に灯をともそうよ、っていってるの。

だから、この親でよかったと思い、この日本に生まれてよかったと思い、この時代に生まれてきてよかったと思うんだよ。


柴村恵美子 著
『斎藤一人の不思議な魅力論』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


他人が喜んでいるものを喜ばないのってダメなんです。

たとえば、誰かが「俺、今日、パチンコで大勝ちしたんだよね」って言ったら、「よかったね」って言えばいいの。

それを「私はパチンコしないから」とか「パチンコなんてくだらない」とか、言っちゃいけないんだよ。

「宝くじ買ったんだ」って言うのにも、「私は買わない」とか「そんなの、当たるわけない」じゃなくて、「当たるといいね」って言えばいい。

好きな芸能人や歌手の“追っかけ”をしてるような人でも「今日、コンサートであの人と目が合ったの!」って言うのを、「向こうはあなたのことなんか見てないよ」とか言っちゃいけないの。

その人は喜んでるんだよ。

その気持ちに水を差すようなことを言っちゃダメ。

「よかったね!」とか「ついてるね!」って言えばいいの。

アルバイトしたお金でアイドルのグッズとかを買った人に対しても「そんなの、くだらない」とかって言う人がいるけど、買った人にとっては大切なものなんだよね。

それを理解できないからって否定するのは良くないよ。

競艇や競輪、競馬もそうだけど、その人のお小遣いの範囲で楽しんでやってる分にはいいんだよね。

キャバクラでも「私は行かないからわかりません」じゃなくて、行かなくても相手が喜んでることはわかるよね。

だから、その喜んでいることに「よかったね」って言えばいいんだよ。

「意見の合わない人とは付き合わない方がいい」っていうけど、まったくその通りなの。

でも、私は大概の人とは意見が合うんだよね。

合わない人ってほとんどいない。

イヤな人でも、私と会うとイイ人になっちゃうんだよ。

でもそれって、そんなに難しいことじゃないんです。

「競艇で当たった」って言う人には「競艇っていいね」と言うだけなんだよ。

だって、その人にとってはいいんだから。

それを「私はやらないから…」とか言って、たった一言の「よかったね」が言えない人って「我」が強いんだよね。


斎藤一人 高津りえ 著
『斎藤一人 品をあげる人がやっていること』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


この世で一番不幸なことは、自分のことを「大丈夫だ」と思えないことです。

そしてさらに不幸なのは、まわりにその人のことを「大丈夫だよ」と言ってあげられる人がいないことなんです。

人間はもともと等しく「大丈夫」なようにつくられています。

学校の成績が悪い人でも、運動会でビリの人でも、そのままでしあわせになれるように神様がつくってくれているんです。

それを「算数ができなきゃダメだ」とか「運動神経が鈍い」とかまわりに言われているうちに、自分のことが「大丈夫だ」と思えなくされたんだよね。

それと「自分はまだまだ未熟ですよ」と思って生きるのを“謙虚”だと思ってるかもしれないけど、「自信満々に生きてる人が威張らない」のが“謙虚”なの。

「自信がない人が威張らない」のは“卑屈”なんです。

謙虚に生きる人と、卑屈に生きる人とでは、自ずと結果は違ってきます。

それと同じで、「大丈夫だ」と思って生きている人と、「大丈夫じゃない」と思って生きている人とでは、まったく人生が変わってくるんだよ。

それで自分で思ったにせよ、誰かに思わされたにせよ、「大丈夫じゃない」と思って損をするのは自分なんです。

蕎麦屋で「カツ丼、3つ」って言えば、カツ丼が3つ出てくるの。

「こんなに食べられません」って言っても、あなたが頼んだものだから、そのお代を払わされるのはあなたなんだよね。

それと同じで、天に向かって「大丈夫じゃない」って言ってると、「大丈夫じゃないこと」を引き寄せるんです。

だから、まずは自分が「大丈夫なんだ」ということを知ること。

そして、まわりの人にも「大丈夫だよ」って言ってあげられることが大事なんだよ。

生まれてきた子どもはみんな「大丈夫だ」と思って生まれてくるんです。

そして親も「生まれてきてくれただけでしあわせだ」って思ったんだよね。

それを「あれができなきゃダメ」とか「これができなきゃダメ」と言って育ててると、その子はだんだん、自分のことを、自分の人生を信じれなくなってしまいます。

だから、親が子どもに一番伝えなきゃいけないことは「おまえはそのままで大丈夫だよ」っていうことなんだよね。


斎藤一人 著
『大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


神様は、あなたがどんなときに肯定的なことを言うか、どんなときに否定的なことを言うかを、ずっと眺めています。

あなたが正しい受け答えができるかどうかを試しています。

こう言うと、中には自分の会社のことを、
「うちの会社は否定的な人間が多くて…」
と考える人がいるかもしれません。

でも、周りのことはどうでもいいのです。

一番大切なのは、あなたが肯定的かということです。

周りの人に左右される肯定論者であれば、それは大した肯定論者ではありません。

「あの社長ではヤル気が出ない」というのは、関係のないことなのです。

その前に大切なことは、あなたがその社長から給料をもらっているという現実を知ることです。

「自分が何をやったかを神様は見ているから、私はその給料以上に働いて神様にいい点数もらおう」
ぐらいのことを考えてみてはどうでしょうか。

宝石は、砂利の中で一個だけ光っているから宝石なのです。

周りが宝石でなければ、自分も宝石にはなれないと考えている人は、宝石の輝きを発することができません。

ダイヤモンドはどこにいてもダイヤモンド。

どこにいてもあなたは輝いていなければならないのです。


斎藤一人 著
『変な人の書いた成功法則』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


「いい人」は、人から言われたことを、きちんとやりとげるのが得意です。

ところが、いつも人に言われてから、受け身で物事をやっていると、どうなるでしょうか?

何かやるときに、人の指示を待つようになります。

この「受け身」の姿勢でいることが、運気を落とすのです。

幸せになりたければ、自分で自発的に何かをすることです。

自分の気持ちがなんとなく停滞しているとき、なんだか「幸せ感」が薄れているとき、自分の心を見直してみてください。

「なんか、楽しいことがないかなあ」

「誰かが、楽しませてくれないかなあ」

こういう「待ちの姿勢」になっていることが多いもの。

不幸な人は、誰かが幸せにしてくれるのを、待っているのです。

待っているだけで、何かいいことが起こるでしょうか?

いいえ、待っていても、何も起こりません。

不幸な気持ちで待っていても、せいぜいくるのは「病気」とか、「トラブル」とか、税務署の審査とか(笑)

楽しいことは、何も起こりません。

楽しい気分になりたかったら、自分から行かなければいけないのです。

誰かがやってきて、あなたを楽しませてくれることはありません。

例えば、ディズニーランドに行きたければ、家を出て、電車に乗って、ディズニーランドの門の前まで行かなければなりません。

それと同じことなのです。

家で待っていても、ディズニーランドがあなたの家に来ることはありません(笑)

ミッキーマウスがあなたの家をたずねてくることもありません(笑)

ミッキーマウスに逢いたかったら、自分の足で、ディズニーランドに行かなければならないのです。

そして、ディズニーランドに行くよりも、さらに幸せを存分に感じる方法があります。

それは、自分がミッキーマウスの着ぐるみでも着て、老人ホームをまわったり、養護施設をまわって、人を楽しませることです。

そうやって、自分が自発的に人を喜ばせるようになったとき、「自分から行動するって、なんて楽しいんだろう!」と初めて実感するでしょう。

「誰かに、楽しませてもらおう」

「誰かに、幸せにしてもらおう」

そんなことはできないのです。

あなたが自発的に何かをして、そのことで人を喜ばせたとき、あなたは深い幸せを感じるでしょう。

そして、あなたの運気も、飛躍的によくなっていくのです。


斎藤一人 著
『人とお金』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


魂の成長っていうのは、そんなに難しいものじゃないんだよ。

ブスッとしてるより、笑顔のほうがいいに決まってるよね。

その当たり前のことをやればいいの。

人の悪口を言うより、人のことを褒めてたほうがいいの。

自分が悪口を言われても自分は言わないほうがいいんです。

結局、魂の成長って大人になることなの。

愛されるのでも、「愛されるためには自分の気持ちを殺して…」とかって思うけど、そうじゃないんだよ。

もともとの魂はキレイで〈我〉がないの。

それが生きてるうちにいろんな我がついて、それが魂の汚れになってるんだよね。

その汚れで大切なものが見えなくなると、心を抑えようとするんだよ。

以前、週刊誌で私のことを「あることないこと」書かれたこともあったけど、普通ならそれを読んで湧いてきた自分の感情を抑えようとしたり、我慢するんだよね。

でも私の場合だと「向こうも商売だからしょうがないか」って思うんだよ。

それに、その週刊誌を出した出版社の中にも私のファンがいるの。

だから、全然大した問題じゃないんだよね。


魂は天国に行っても成長するし、地獄に行っても成長するの。

常に生成発展してるんです。

地獄に行くのは、そのほうが魂の成長になるから行くんだよ。

人は成長しないことはできないの。

引きこもりの人でも〈引きこもり〉という行動をとってるんだよ。

それで、「引きこもるとどうなるか」という経験から学ぶんです。

だから、「何もしない」ということはできないんです。

「これは魂の成長だ」って考えている人は成長が早いの。

でも、神様は決して人に急がせようとはしないんです。

なぜなら、魂は永遠だから。


柴村恵美子 著
『斎藤一人 人生に悩んだとき神様に応援してもらう方法』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


私は、仕事でもなんでも、いくらか魂が成長したらいいなと思ってるんだ。

もちろん私よりも成長している人は山ほどいるよ。

だけど、私はいまの段階から1歩でも進めたらいいなって思う。

仕事でも、日常生活でも。

ただ、できないことも山ほどあるよ。

私を見ていて、「なにバカなことを言ってるの、もっとちゃんとしなさいよ」と思っている人もいっぱいいると思うんだよね。

だけど、この段階から1歩でも進めたらいいんだよ。

私は1年後に同じテーマで本を書くときには、もうちょっといい答えを出せていたらいいなって、いつもそう思ってるの。

たとえば、同じ質問に対する答えでも、もうちょっと愛のある言い方ができていたらいいなとか、言わなくてもわかるような笑顔があったらいいなとかさ。

愛でもなんでも、出すのは人のためじゃないんだよ。

愛をもらってないから自分は出さないっていうけど、出しゃいいんだよ、減るものじゃないんだから。

笑顔だってね、減るものじゃないんだから、出しゃいいの。

なぜかっていうと、笑ってる人のほうが得なんだよ。

それから人にやさしくしてるほうが得なんだよ。

「自分は親にやさしくしてもらってないからそういうことはできないんです」って言う人は、そうじゃないの。

やる気がないからできないだけなの。

どっちが本当に得か、損か、考えてみたらいいんだよ。

神様はね、あなたのことを愛しているから、考えればちゃんとわかるようにつくってあるんだよ。


斎藤一人 高津りえ 著
『神様にかわいがられる豊かで幸せな生き方』より

しあわせセラピー

☆しあわせセラピー☆


この世の中は、競争なんです。

よく「競争のない社会がいい」って言うけど、そうじゃないの。

それも、しくみのひとつ。

学校に行けば学校の中で競争があるし、会社に行けば社員同士の中で競争がある。

さらには同じ業界内、国と国とも競争しあっているんです。

それで、この競争も人生の修行なの。

どんな修行かというと、競争し、戦い、ときには負けることがあっても、それでも人を憎まない、めげない、ひがまない、さらにはそんな中でも人を助けることができますかっていう、修行なんですね。

この世において、競争に勝つことは、もちろん価値のあることなんだけど、神が問うてるのはその勝ち方なんです。

つまり、同じ勝つのでも、“愛と光を出してますか?”ってことなの。

愛とは、やさしさや思いやりなんです。

自分の仕事をさっさと終わらせて、まだの人がいたらその人を手伝うの。

それとか、自分がうまくいったやり方があったら教えてあげるの。

光とは明るさなんです。

競争だからって、鬼のような顔をしてやってたらダメだよ。

笑顔や明るいあいさつを心がけ、常にまわりが明るくなるようにするんです。

そうすれば、必ず競争に勝てる上に、魂の修行にもなるからね。

“競争のない社会”が理想のように言う人がいるんだけど、決してそうじゃないの。

それに、神様もそれを望んでいないの。

それよりも、競争という大変な中でもあなたが人にやさしくできるか、明るくいられるかというところを神様は試しているのです。

“キャンドルサービス”って、人に灯を分けてあげても、自分の灯は消えないんだよね。

それと同じで、人にいくら親切にしたって、自分の中の何かが減るということはないんです。

心が貧しい人って減らないものを惜しむんだよね。

人に笑顔で接したからってその人の笑顔が減るわけじゃないし、人をほめたり、ちょっとしたことで人を喜ばせることっていっぱいあるんです。

そんなちょっとした努力も惜しむ人って、決して豊かになることはできないんです。

だって減りもしないものを惜しむという発想が、すでに心が貧しいことだから。

逆に、減るものを粗末にしてはいけないんです。

たとえばお金も、あるからといって、無駄遣いしてはいけません。

それって、たとえば戦争で一万人の兵隊がいるから、「100人くらいの兵隊が死んでも問題ないから突撃させてみろ」って言ってるのと同じなの。

その無駄死にする100人の人たちは、たまったものじゃない。

人を助けるのにお金を貸すときも注意が必要なんです。

その金額が、自分にとって無理のない額なのか。

人を助けるのに、自分の生活ができなくなるのは本末転倒なんです。

それに、お金以外でその人を助けることができないかということも、よく考えたほうがいいよね。

たとえば飢えている人に魚をあげるよりも、魚の捕り方を教えてあげたほうがその人のためになります。

それに、そうした知恵って減らないよね。

私たちは神様から、たくさんの愛と光を前払いでもらっているんです。

そして、その愛と光って減らないんですよ。

だから私たちはその愛と光のキャンドルサービスで、まわりの人たちを明るくしたり、やさしくしていけばいいんです。


斎藤一人 著
『変な人の書いた世の中のしくみ』より

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